Champaign-Urbana 基礎知識

Champaign-UrbanaとUniversity of Illinois

University of Illinois at Urbana-Champaign(イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校:UIUC)はイリノイ大学のメインキャンパスで、隣り合うChampaign(シャンペーン)とUrbana(アーバナ)の2つの 市にまたがっています。シャンペーンの人口はおよそ7万人、アーバナの人口はおよそ3万6千人です。シャンペーンの方が人口が多いので、一般にこの地域は、Champaign-Urbanaとシャンペーンを先に つけて呼ばれています。しかし、大学のキャンパスそのものはアーバナに含まれる部分の方が広いため、大学の名称は、アーバナを先につけ、University of Illinois at Urbana-Champaignと なっています。

University of Illinois

University of Illinois (イリノイ大学)は Urbana-Champaign校Chicago校Springfield校という3つのキャンパスを持ち、 Urbana-Champaign校が最も大きな規模です。 Urbana-Champaign校の学生数はおよそ3万5000人。したがって、このツイン・シティーに住む人たちの 半数以上がイリノイ大学に何らかの関わり持っているといっても過言ではありません。

イリノイ大学には多くの学部がありますが、中でもインターネットの先駆けとなった数々のソフトウェアを生み出した National Center for Supercomputing Applications (NCSA)をはじめとしたハイテクの分野が有名で、日本からも多くの学生や研究者が来ています。また、大学以外にも、数学科学の分野で世界的に有名なコンピュータ・ソフト Mathematicaを生み出した Wolfram Research社など、国際的な企業の本社もあり、周囲のトウモロコシ畑とは少し違ったハイテク都市のイメージも持ち合わせています。

Champaign-Urbana

シャンペーン・アーバナ(略して Chambana とも呼ばれます)は、イリノイ州のほぼ中央に位置し、アメリカ合衆国中西部の大都市シカゴからは車で南におよそ2時間半ほどのところにあります。周囲は見渡す限りのトウモロコシと大豆の畑で、「大平原」「青空」「地平線」といったイメージがぴったりのところです。町は美しい街路樹や緑の芝生にあふれ、典型的なアメリカ中西部のたたずまいです。そしてその豊かな街路樹や芝生の緑の中に、歴史を感じさせるれんが造りの校舎や最新鋭のテクノロジーを備えた新しい校舎などが点在するイリノイ大学は、開放感あふれる美しいキャンパスです。日本の多くの大学と異なり、構内がフェンスや塀で囲まれているわけではなく、2つの町にごく自然にとけ込んでるところは、日本から初めてきた時に、誰もが少なからずとまどうところかもしれません。

シャンペーン・アーバナというと、最初は誰もがトウモロコシ畑の中の不便な田舎の街を想像するようですが、実際には、シカゴなどの大都市やその郊外の町よりも暮らしやすいほどです。車で10分の範囲内に大規模なショッピングモールや16もの封切り映画を上映する映画館、気軽な値段で各国料理が楽しめるレストラン、夜ともなるとジャズやブルースの生演奏が聴けるバーなども多く、また、大学の持つ劇場などでは一流のアーティストのコンサートなども楽しむ事ができます。

シャンペーン・アーバナは大平原の真ん中の小さな街ですが、大規模な大学を中心に、典型的とも言えるアメリカらしい落ち着いた生活と、世界中のさまざまな文化とがうまくとけ合った、とても暮らしやすい街であると言えます。

Champaign-Urbanaの日本人

イリノイ大学には現在、学部、大学院を合わせておよそ150人の日本人学生が所属しています。また、それ以外にもイリノイ大学の教授、職員、客員研究員、ポスト・ドクター、そして語学学校や地域のコミュニティーカレッジに通う日本人、さらには近隣の日本企業に勤める人とその家族等を含めると、おそらく300人近くの日本人がシャンペーン・アーバナとその郊外に生活しています。

University of Illinois Japan House

また、UIUCには、日本の芸術、文化を教えることなどを目的とした Japan House (日本館)があります。 Japan House は芸術学部に所属しており、主として学部の授業に使われていますが、それ以外にも地域の人々を対象にした様々な文化的行事に開放されています。 Japan House はUIUCの学生はもちろん、シャンペーン・アーバナやその周辺に暮らす日本人のセンター的な存在でもあり、ここでボランティアなどを経験し日本文化を再認識する人も少なくありません。